企業のAI活用には順序がある——自動化の前に対話型利用が必要な、構造的な理由

 「AIをもっと活用しなければ」というプレッシャーを、感じていませんか。


セミナーに行けば「エージェントで業務を自動化する時代」という話が飛び交い、SNSを開けば「対話型AIだけでは生産性は上がらない」とか「そもそもChatGPTじゃないよ、Claudeの時代だよ」という投稿まで目に入る。なんとなく、自分たちは乗り遅れているような気がしてくる。

でも少し待ってください。

その「乗り遅れ感」は、本当に正しい現状認識から来ていますか?

Photo by Markus Spiske on Unsplash


「自動化できない」という現実から目を逸らしていないか


AIエージェントによる業務自動化は、確かに魅力的な話です。繰り返し作業をAIが代わりにこなし、人は判断に集中できる——理屈はわかります。

ただ、その自動化を実現するにはまず前提条件があります。何を、どの順序で、どんな条件で処理するべきかが、言葉で定義できていること。

これが、多くの中小企業の現場では、思いのほか難しい。

特定のスタッフが長年の経験から「なんとなくうまくやっている」業務、担当者が変わると途端に回らなくなる工程、「Aさんがいるから大丈夫」という属人的な支えの上に成り立っている仕事——こういった暗黙知の塊を、外部のシステムに渡せる形で定義することは、AIの登場とは無関係に、もともと難しい作業です。

つまり多くの場合、問題は「どのAIを使うか」よりかなり前の段階にある。
自動化を検討・実現する以前に、自分たちが何をしているかを言葉にできていないという問題です。

そして「エージェントで自動化」の煽りに乗って動き始めた企業組織が最初に当たる壁は、技術的なハードルではなく、この「定義できない」という壁であることが少なくありません。


対話型利用は「準備運動」ではなく「足場かけ」だ


では、どうすればいいか。

ここで対話型AI利用の役割が見えてきます。ChatGPTやGeminiに話しかけながら業務をこなす、あの地味な使い方です。「生産性が大して上がらない」と揶揄されることもあるこの段階に、実は重要な機能があります。

暗黙知を、言葉にする過程


AIに「この案件、どう整理すればいいか」と問いかけるとき、人は自分の頭の中にある判断基準を何とかして外に出そうと(言語化しようと)します。
「こんな感じで」「見たらわかるでしょ」はまだ通じない相手だから、背景を説明し、条件を整理し、何を求めているかを言葉にする。
この作業の繰り返しが、属人的だった暗黙知を、少しずつ「見えるもの」に変えていきます。

これは教育学で言う「足場かけ(scaffolding)」に近い概念です。
学習者をいきなり高いところに上げるのではなく、自力で登れるように段階的な支えを用意する。人はことばにして初めて、自分の中のアイデアを客観的に評価し直すことができるようになる。

対話型AIとの日々のやりとりは、自動化という「高い場所」に向かうための、その足場にあたります。

ワイドボディ機の機長も、戦闘機のパイロットも、訓練の最初は単発レシプロ機から始めます。それは一見非効率に見えて、実は最も安全で確実な道です。

AIの習得も、同じではないでしょうか。


自動化は「全員がAIを理解した後」に意味を持つ


もう一つ、見落とされがちな観点があります。

自動化が進むほど、「今AIが何をしているか」が見えにくくなります。処理は速く、量は多く、しかし中身は不透明になる。エラーや判断ミスが起きても、どこで何が起きたのか気づくのが遅れる。遡って切り分けることも難しい。

これは航空業界がずっと向き合ってきた問題と構造が似ています。

自動操縦が高度に発達したコックピットで起きた事故の多くに、共通するパターンがあります——乗務員が「今システムが何をしているか」を正確に把握できていなかった、という点です。技術は優秀でも、人間側の認識がついていかなかった。

対話型AIを日常的に使い込む過程で、人は「AIはこう外れる」「この種の判断は任せてはいけない(この部分は毎回、人が引き受けるべき)」という肌感覚を育てます。

それは単なる操作スキルではなく、自動化フェーズで異常に気づくための、チームとしての判断基準になります。

個々のスタッフがそれぞれのやり方で対話型AIを使いながら、少しずつ「AIとはどういうものか」を理解していく過程——これを飛ばして自動化に入ることは、組織全体のリスク管理の観点からも、望ましくありません。

「順序通り」が、結局いちばん速い


AI活用を急ぎたくなる気持ちはわかります。でも、順序を飛ばした先に待っているのは、たいていの場合、「なぜかうまくいかない」という手詰まり。あるいは、ある日突然に大きな事故につながり、すべてを止めて一からやり直すことになるという手戻りです。

対話型利用を通じて、それぞれの担当業務を言語化しつつ、AIの特性をチームで理解する。
それからおもむろに自動化の設計に入る。地味に見えるこの順番が、中小企業にとっては最も現実的で、最もリスクの少ない道だと考えています。

「乗り遅れ感」を感じているなら、まず問うてみてください。

チームの全員が、それぞれ自分なりのやり方でAIと対話できていますか?

それができていれば、自動化は次のステップとして自然に見えてきます。まだであれば、そこから始めるのが本来の順序です。


この記事を書いた人


高橋大洋/株式会社ミヤノモリ・ラボラトリー代表。企業・団体向けのAIリテラシー研修を提供しています。「プロンプト集の配布」ではなく、スタッフ一人ひとりがAIと付き合う力を育てることを重視した研修設計が専門です。研修のご相談はこちらからどうぞ。

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