AIの本当のコストは「検証」にある―― 中小企業がまず投資すべきはどこか

先日、「AIの『定額使い放題』が終わり始めた」という記事で、トークンの使用量と仕事の成果は比例しない、と書きました。あの記事の終わりで、エージェントに任せた処理の多くが「やり直しと検証」に消えているという推計――AIコーディングで実際に製品コードとして出荷されたのは、トークン費用のわずか18%だった――に触れました。

今回の記事では、その「検証」を正面から取り上げます。ここでいう「検証」とは、AIの出した答えを、自分の目的に合っているか判断し、必要に応じて修正して使うことまで含む作業のことです。前回が「何にAIを使うか=仕事の切り分け」の話だったとすれば、今回はその次、「AIに上手に仕事をさせられる人はそこにいるのか」の話です。

AI導入のコスト(使用トークンに応じた支払)と、業務の成果が直接には結びつかないという認識は、米国の巨大企業でも広がりつつあります。メタの技術担当役員は社内メモで、「トークンの使用量はいかなる成果の指標にもならない」と社員を戒めたと報じられました。

彼らはAIへの支払いコストの急騰という痛い失敗を目の当たりにして、ようやくこの“当たり前”にたどり着いたわけですが、後発の私たちが学ぶべきは、その結論からさらに一段深いところです。

結論から言えば、AIの本当のコストは、生成ではなく検証の側にある。だから投資すべきは、トークンよりも先に、検証できる人だと、私は考えています。


AIは人間を不要にするのではなく、仕事の重心を変える

多くの人が、生成AIは「人を不要にする」道具だと考えています。けれど実際に起きているのは、その逆です。

AIを導入した職場では、情報を集め・加工するコストが速く・安くなったぶん、業務の重心が「生み出すこと」から「確かめること」へと移りました。情報収集・情報処理の一次コストは下がっても、その検証のコストは下がらない。むしろ、AIを使えば使うほど、確かめる手間の重みはより前面へと出てきます。

経産省の検討会に提出されたボストンコンサルティンググループの試算*でも、同じ方向が示されています。ホワイトカラーの仕事では、資料や文章を「作成する」作業は大きく減り、その分、解くべき問いの立て方や、出力の品質確認・レビューに時間を割くようになる。人の仕事は消えるのではなく、その重心が「作る」から「見極める」へ移るのです。

*ボストンコンサルティンググループ「デジタル/生成AI時代に求められる人材育成のあり方」(2023年 経済産業省第9回デジタル時代の人材政策に関する検討会 資料)

AIは、検証できる人がいて初めて戦力になるということです。人の力とAIの力のバランスがうまくとれることでようやく、生産性の向上にもつながる。


だから、組織が投資すべきは「検証できる人」

この教訓は、大企業より中小企業に重要なものです。

まず、AIの本当のコストが「検証」にあるとすれば、それは中小規模の組織により重くのしかかります。AI費用のムダ遣いをしている余裕は、中小企業にはそもそも無い。AIの業務導入とペースを合わせて「検証できる人を育てる」(そして成果を上げる)ことが、財務上の必要条件なのです。

さらに言えば、中小企業には、そもそも十分な数のスタッフがいない。人を増やそうにも、このご時世、人材の採用は容易ではありません。そのことが、中小企業の成長の制約条件になっているケースがある。
でももし、既存のスタッフ一人ひとりが、アシスタントとして各自の業務をAIに手伝わせられる(人を増やさず成果を上げられる)のであれば、経営者にとってこんなに安上がりな投資はないのです。

つまり、いたずらにAIの使用量(高度なモデルの契約費用や、日々のトークン費用がついて回ります)を増やすよりも先に、まずAIに上手に仕事をさせられる人を育てること。この部分こそが、中小企業にとっての魅力的な投資先なのです。


育て方には、設計が要る

では、どう人を育てるのか。「導入研修をやりました」だけでは足りません。日々の業務のなかに、人が育つ構造を作り込む必要があります。そして私がいま意識しているのは、ざっくり三つの層です。

ひとつ目は、個人の足場づくり。スタッフ一人ひとりが、自分の使い方を方向づける標準設定を持つことを支援する。たとえば「答えをすぐ出さず、まず私自身の考えを問い返してほしい」「数値や出典が関わるときは、どこを私が裏取りすべきかを明示してほしい」といった指示を、自分でAIに与えられるようにする。あるいは初期設定に組み込んでおく。深く考えながらAIを使う習慣を、自分に課す仕掛けを意識してもらうお手伝いをしていきます。

ふたつ目は、共有設定を充実させること。 個人任せにすると、意欲の高い人だけが深く使い、そうでない人はなかなか前に進めません。だから、検証の手順やAIの使い方の作法をあらかじめ組み込んだ「共有の入口」を用意し、全員がそこを通るようにする。サービスの初期設定などを上手に共有財産にする。活用スキルの底上げを、個人の心がけだけではなく、組織の側でも後押しするのです。

みっつ目は、外せない安全な“基礎”の意識。 機密データの扱いや法令遵守のように、個人の判断で外れては困るものは、組織として強制力のある形で固定する。ここだけは「柔らかいお願い」ではなく「硬い制約」にしておく。AIそのものに組み込むか、業務ルールとして運用するのかはケースによります。

そして、いちばん大事な原則がひとつ。
これらの足場は、いずれは外す前提で組むことです。

つまり建築現場で使われている足場と同じです。いつ外すかを決めていない足場は、足場ではなく建物の一部――つまり恒久的な存在になってしまいます。検証を手取り足取り支援する仕組みは、導入期には有効ですが、そのなかでしか考えられない人を作ってしまっては本末転倒です。だから、習熟したスタッフには、共有の入口から「卒業」して、自分の足場を自分で設計する側へ進んでもらう。
足場を外すとは、責任の所在を「組織のお膳立て」から「個人の自走」へ移すこと。これができて初めて、その組織の実力が上がったと言えます。

Photo by Jackson Allan on Unsplash

もちろん、外していいのは学習の足場の方だけで、建物の基礎は動かしません。基礎と足場で、取り扱いがまったくの逆になる――ここを取り違えないことが、運用設計と外部からの支援の勘どころです。

自社の条件を、まず確かめる

最後に、ひとつ自戒を込めて。

ここに書いた設計が、どの組織にもそのまま当てはまるわけではありません。スタッフがもともと自学自習に慣れているか、間違いが現実から早く跳ね返ってくる業務か、AIがその仕事をどこまで完遂できるか――こうした変数によって、どこに重心を置くべきかは変わります。
条件の良い職場なら共有の入口は薄くても回りますが、条件の揃わない職場では、その共有の仕組みこそが本丸になります。

ですから、他社の成功事例を持ち帰るときは、「何をやったか」だけでなく「なぜ、その会社ではうまくいったのか」という条件まで分解して読むことを、強くお勧めします。

振れに左右されない原則を

生成AIをめぐる風向きは、これからも「過熱」と「揺り戻し」のあいだで、何度も振れるでしょう。けれど、振れに一喜一憂する必要はありません。握っておくべきは、振れに左右されない原則の方です。

  • 評価すべきは、AIの活用ではなく、成果である。
  • AIの本当のコストと価値は、検証にある。
だから、
  • 投資すべきは、トークンではなく、検証し判断できる人と、その人が育つ構造である。

この連載で繰り返してきた「制限よりも、使いこなす力を育てる」という姿勢は、ここでも変わりません。
報道されているAI投資意欲の揺り戻し現象は、その姿勢を否定するものではなく、むしろ裏づけるものだと考えています。


この記事を書いた人

高橋大洋/株式会社ミヤノモリ・ラボラトリー代表。企業・団体向けのAIリテラシー研修を提供しています。ツールやモデルの選定そのものではなく、その手前にある「自分たちの業務の言語化」と「AIとの分担の設計」を支援することが専門です。研修のご相談はこちらからどうぞ。(ミヤノモリ・ラボラトリーのウェブサイトが開きます)

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